[henyohenyo]ふくちゃん

色々ないきさつから、現在猫ちゃんを1頭預かってます。「ねこちゃん」との相性が良かったらうちの子になる予定。「らく」ちゃん。仮名です。

さて、そのらく(仮)が不思議なことをやらかしました。

夕食後、リビングでまったりしていたらどこかから「チリンチリン」という鈴の音。「あれ?この音は...まさか!?」と見るとやっぱり!!
そこには、ふくちゃんが大好きだったタヌキのぬいぐるみが。10cmたらずの、鈴がついたかわいいぬいぐるみ(名前は「たぬさん」)。ふくは赤ちゃんのころからこれがいたくお気に入りで、いつもくわえて持ち歩き、寝床にまで持ち込んでいました。

どうやら、ふくが家具の裏側にかくしていたのを、らく(仮)が見つけた模様。
でもふくがいなくなった後でリビングの家具の裏側はひととおりチェックしたはずなんだけどなぁ。たぬさんは大事な形見なので結構熱心に探したのですが...。不思議だー。

そして、さらに不思議なことが。
らく(仮)がたぬさんで遊ぶ様子が、ふくのそれとまったく同じなのです!

ふくは、おもちゃを人間のところに持ってきて「遊べ」という意思表示をする賢い猫でした。
しかしねこちゃんもらく(仮)もそんなことは一切しない。「きっとふくちゃんの行動は猫としては珍しかったんだろうなぁ」と思っていたのですが、らく(仮)が突然これと同じことをやりだしたのです。

私がたぬさんをぽーんと投げると追いかけて行ってひとしきり遊んで、その後くわえて戻ってくるのですよ!で、私の前に「ぽとり」と落として「早く投げろ」と言わんばかりに待ち構えている...。
もうね、ビックリを通り越してぽかーん。だってだって、これは間違いなくふくの行動パターンなんだもの。らく(仮)と暮らしはじめてまだ2週間ほどですが、この遊び方を何度か試みたものの全くできなかったのに。

「ふくちゃんが一時的に戻ってきてるんだ!」と思ったので、一生懸命話しかけましたよ。
バカみたいかしら?かまうもんかー。

そんなこんなで10分くらいでしょうか。人が投げて猫がくわえて戻ってくるというのを3,4回繰り返したところで、らく(仮)はパタッと遊びをやめてしまいました。その後は、どんなにたぬさんを動かしても知らん顔。追いかけることもしなければ持ち帰ることも二度となく。

あまりに突然興味を失ってしまったのでちょっと寂しかったけど、それだけに10分間の不思議さがきわだって、なんだかあたたかい気持ちになりました。

ふく、ありがとうねー!これからも、気が向いたら遊びに来てね!!

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おでこで、ふくちゃんを飼っているのだ!
...わかる?

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昨日は、ふくの死後49日目でした。
仏教では、閻魔大王の裁きによって今後の行方が決まるとう大事な日。
人間(仏教徒)の場合には法要が行われる日でもあるので、「いつもと違うことをしよう」と事故現場に行って少し悲しくなったりもしましたが、その後はジムにいったりご飯をもりもり食べたりして元気に過ごしました。

ところでうちのリビングには猫用のタワーがあるのですが、このタワー、「ねこちゃん用に」と高いお金を出して購入したにもかかわらず、当のねこちゃんは全然使ってくれない。その代わりふくちゃんが愛用してくれて、毎夜毎夜タワー最上階のハンモックで毛づくろいしたりうたた寝したり、こんな風に無意味に手を前に突き出したり(笑)して過ごしていました。

だから、ふくの死後はてっぺんのハンモックと2段目の棚板を入れ替えて、お骨は棚板に飾っています。

で、昨日の23時くらいだったかな?
ねこちゃんがやけに落ち着き無くウロウロしていると思ったら、やおらこのキャットタワーを上り、最上段のふくのお骨をかぎまわったと思うとハンモックへ。そのまま当たり前のように毛づくろいして、当たり前のように眠り込んでしまいました。

え~~!?これは完全にふくの行動パターン!
しかもここ1年以上、ねこちゃんはタワーにほとんど寄り付きもしなかったのに、です!

どちらかというと現実的な思考回路のカズオさんも、さすがに「なにこれ!?不思議!」と目を丸くしていました。

ふくはもうとっくにどこかに飛んで行ってしまっていると踏んでたのですが、もしかしたらずっと近くにいたのかなぁ。そして、49日だから(しばしの)お別れの挨拶をしてくれたのかなぁ。そんな気持ちになる、不思議な出来事でした。

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昨夜、なんとなく過去の日記を一部読み返してみました。

そうそう、この日記、なんと98年から書き続けてるんだよ。知ってた?
今年で12年目です。我ながら、スゴ。

2000年と2001年あたりをざっと読み返したんだけど、自分、若いなぁ。
ちょうどその頃の私と同い年のhaseriちゃん、大丈夫だよ。私もあの頃は今のあなたと同じように悩んでました〜。

そしてまた不思議なこと発見。読み返すまですっかり忘れていたんだけど、家の近所で野良の子猫に偶然遭遇して、妹と里親を捜したことがあったんです。この子猫が、なんとオスの黒猫だったそうで。

「もしかしてふくちゃんの祖先だったりして!?」とカズオくんに言ったら、「というか、ふく本人だったりして!?」と返してきたので、「あぁ、それは素敵だね」と盛り上がりました。

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今日も少しだけしか泣かずにすみました。みなさんの温かいお心遣いのおかげです。ありがとうございます。

だんだんと、自分の気持ちをコントロールできるようになってきました。
もちろん今でも、悲しい方に目を向けさえすればいつまでだって大声で泣けます。大きすぎる喪失感は、まだまだふさがることはないでしょう。
だからこそ、あえてそちらに目を向けずに過ごす努力を始めることにします。

昨日購入した本が手元に届きました。「サイモントン療法」という、がんの治療に用いられるイメージ療法についての本です。一見ペットロスとは関係ないようなのですが、自分の感情をコントロールすることでいかに幸せに生きるか、ということがテーマになっているので今の自分に合っているかなと。

先ほど読み終えましたが、とても救いになった気がしています。

本書を通して感じたのは、まず一番大切なのはネガティブな(不健全な)感情をいつまでもほじくり返していてはいけない、ということ。そんなことは誰も望んでない。だれも幸せにならない。自分も、家族も、友人も、もちろんふくちゃんも。

それからこの本では、ほんの少しですが亡くなった方との魂の交流についてのエピソード(オカルト的ではない)が書かれています。それを読むと、先日の小さな黒いクモはやはりふくちゃんだったと信じられるし、これからもいつでも遊びに来てくれると思えるようになってきました。
だから今日は、長らく気になっていた私の部屋の古くて暗い雰囲気の家具を廃棄してみました。陽気なふくちゃんがしょっちゅう遊びに来たくなるような場所を作っておきたくて。おかげで部屋が明るくなり、私も久々に体を動かすことができました。

興味のある方は是非この本を手にとって読んでみていただきたいのですが、最後に、私が特に感銘を受けた一文を(ペットロスの人用にごく一部だけ形を変えて)引用したいと思います。

生物の、生まれてから死を迎えるまでの目的は、唯一、「幸福を経験する」ということです。

自然界や宇宙は、死も含め、何ひとつとして無駄なことや意味のないことはない、と信頼しましょう。

私たちはふくちゃんからたくさんの幸福をもらい、ふくちゃんにも幸福を経験させてあげたと信じています。
そして、彼の生涯は短かったけど、残された私たちにとってとてつもなく大きな意味があった。
だから、ふくちゃんは全然「かわいそう」じゃないんだ。

それでも、もう泣かないなんて言えません。というか、絶対泣きます。
どんなにがんばっても寂しいものは寂しいですから。でも、それはそれでいいと思ってます。体と心の健康を損なわない程度に心ゆくまで泣いたら、きっと自分の中のふくちゃんを連れて前に一歩踏み出せると信じています。

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Jump!